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採用ニュース
新卒の初任給高騰と中小企業の採用最前線 -首都圏と地方が抱える課題-
新卒採用を取り巻く環境変化
日本の労働市場において、新卒採用は企業の将来を左右する重要なイベントです。
ここ数年、労働人口の減少が顕在化し、企業間の人材獲得競争はさらに激化しています。特に新卒市場では、大企業を中心に初任給アップのニュースが相次ぎ、多くの学生にとって「初任給の高さ」が就職先選びの指標の一つとして意識されるようになりました。
一方で、中小企業にとっては、こうした初任給の高騰が採用戦略を見直す大きなきっかけにもなっています。資金力や知名度で勝る大企業と直接的に賃金競争をするのは困難が多く、「賃金格差をどのように補い、優秀な人材を確保していくのか」という課題が浮き彫りになってきています。
さらに、地域によって事情は異なり、首都圏の中小企業と地方の中小企業では、それぞれの課題と解決策に差異が見られます。
初任給が高騰する背景と現状
大企業を中心とした賃上げトレンド
近年の新卒初任給アップの大きな要因の一つとして、経団連加盟企業を中心とした大企業の賃上げトレンドが挙げられます。
好景気や業績の上昇を背景に、大企業は積極的な賃上げによって優秀な学生の獲得を狙っています。特にIT業界やコンサルティングファーム、一部の総合商社などは、初任給を大卒で30万円前後に引き上げる動きも見られ、従来の平均的な初任給を大きく上回る金額を提示する企業が増えています。
人材獲得競争の激化
少子高齢化による労働力人口の減少は、企業間の人材獲得競争を加速させています。
優秀な学生の母数が限られるなかで、「初任給が高い」というのは、確実に学生の目を引く要素になります。もちろん、福利厚生や社内制度などの要素も重要ですが、就職活動を始めたばかりの学生にとっては、賃金の高さが分かりやすい指標であることは否めません。
その結果、「他社に遅れをとらないためにも初任給を引き上げよう」という動きが連鎖的に起こり、全体的な初任給水準が上がってきています。
物価上昇や経済情勢との関係
2020年代に入り、世界的なインフレ傾向が日本にも波及しています。
輸入コストや原材料費の上昇などにより企業の経費は増大する一方、生活コストの上昇に応じて、賃金を上げなければ消費が回復しにくいという問題もあります。賃上げは国の政策としても推奨されている流れがあり、賃金アップを行う企業に対して補助や税制上の優遇措置が取られるケースも出てきました。
こうした環境要因もあいまって、新卒初任給アップの動きを一層後押ししているといえます。
首都圏の中小企業が直面する課題
初任給が高騰することで、多くの中小企業は「大企業との賃金格差」という壁に再度向き合わざるを得なくなっています。
特に首都圏の中小企業は、他の地域に比べて物価や地価が高く、オフィスコストや通勤手当などの諸経費がかさむため、人件費を高水準で確保するには限界があります。
大企業との賃金格差
首都圏では、大手企業の本社や外資系企業が集中しています。
こうした企業の一部は資本力が潤沢であり、高い初任給や高額のボーナス、充実した福利厚生を提示して学生を集めることが可能です。
一方、中小企業は大企業ほどの資本的余裕がなく、新卒初任給を大幅に引き上げるのは容易ではありません。
仮に背伸びをして賃金を上げたとしても、固定費負担が重くのしかかり、利益率が低下する恐れがあります。大企業との賃金格差が生まれれば、生粋の地元志向や特別な思い入れのある学生以外は、大企業へ流れてしまうリスクが高まります。
ブランド力・知名度の不足
首都圏には数多くの企業が存在し、学生の就職先の選択肢は非常に広いです。
その中で、中小企業が大企業と同様の知名度を獲得するのは至難の業です。学生の多くは就職活動の初期段階で、業界研究や企業研究を行う際に「知名度」や「ネットやSNS上の情報量」が多い企業を優先的に検討する傾向にあります。そもそも中小企業の名前すら知られていなければ、初任給以前の問題として「選択肢に入っていない」という状況が発生しやすいのです。
高コスト体質と人材流出リスク
首都圏でオフィスや店舗を構える場合、テナント料や人件費だけでなく、広告宣伝や採用活動にかかる費用も地方に比べて高くなりがちです。
また、社員の通勤費や福利厚生の充実にも、それ相応の資金が必要です。企業の規模や業態にもよりますが、中小企業にとってはこれらのコストを回収しつつ、さらに賃金アップを実行するのは容易ではありません。もし賃金アップを実行できなければ、待遇の良い大企業や競合企業へ人材が流出する可能性が高くなります。
特に若手はキャリアアップを求めて転職に踏み切ることも多く、「せっかく育てた新卒が3年以内に辞めてしまう」という問題に直面しがちです。
地方の中小企業が直面する課題
地方の中小企業にとっても、首都圏同様に初任給の高騰は無視できない問題です。
しかし、地方特有の課題も存在します。最大の問題は、若年層そのものが減少傾向にあり、地元出身の学生が大学進学を機に都会へ流出し、そのまま帰ってこないという構造的な問題です。
若年層の都市部集中と人口流出
地方では、少子高齢化の進行が首都圏以上に深刻です。
地元の高校を卒業した若者が大学進学のために都市部へ移動し、そのまま首都圏の企業に就職するケースが多く見られます。地元志向の学生を確保するのは至難の業であり、効果的に採用活動を行っても、母数そのものが少ないために採用がままならない状況が続いています。
企業認知度の低さ
地方の中小企業は地元では一定の知名度を持っていても、全国規模で見ると無名に近いケースが多いです。
新卒採用では「就活ナビサイト」などを経由して学生が企業を検索することが一般的ですが、企業規模や業種によっては検索結果に埋もれてしまうことも少なくありません。
地方の企業であればあるほど、学生に見つけてもらう機会をどう作るかが課題となります。
地域経済の停滞と将来性への不安
地方都市では、都市圏に比べると市場規模が小さく、景気の変動や人口減少の影響を直接受けやすい傾向にあります。
学生が地方企業に就職しようと考えた場合、「この企業は将来性があるのか」「この街でずっと働けるのか」という漠然とした不安を抱きやすいのが現実です。企業の経営基盤が脆弱であればあるほど、学生がリスクを感じて敬遠する可能性が高くなります。
データから見る新卒採用の最新動向
厚生労働省や経産省の調査結果
厚生労働省が公開している「大学等卒業者の就職状況に関する調査」や、経済産業省の「新卒採用に関する調査・報告書」などを見ると、以下のような傾向が読み取れます。
①就職率の高止まり
日本全国の大学新卒者の就職率はここ数年90%前後で推移しており、売り手市場の状態が続いています。
②大都市圏への流入
首都圏や関西圏など大都市圏への流入が依然として顕著であり、地方の企業は優秀な学生とのマッチングが難しい状況です。
③平均初任給の上昇傾向
大卒の平均初任給はここ10年ほど緩やかな上昇基調にあり、特に近年は物価上昇や人材不足を背景に伸び率が高まっています。
大企業(資本金10億円以上など)と中小企業(資本金3億円以下など)を比較すると、初任給には平均で2〜5万円程度の差があるという調査結果もあります。
ITやコンサルなど一部の業種では大企業の初任給がさらに高いため、学生の間に「中小企業より大企業のほうが給与面で魅力的」というイメージが浸透しやすくなっています。
また、近年の就職活動は、オンライン説明会やWeb面接の普及によって、地域差や移動の負担が軽減されてきました。その結果、学生は全国の企業にアクセスしやすくなり、一方で企業は学生との接点を確保しやすくなるメリットがあります。
しかしながら、オンライン化が進むことで、企業の特徴や社内の雰囲気といった定性的な部分が伝わりにくいという課題も浮上しています。中小企業にとっては、オンライン面接でいかに魅力を伝えるかが重要なテーマになりつつあります。
長期的視野での採用戦略 -育成と定着を重視する-
初任給の高騰に対応するだけでなく、長期的に見れば「入社後の育成」と「定着率の向上」に注力することが、企業の持続的成長につながります。特に新卒採用では、まだ業務経験の少ない学生を一人前の戦力に育て上げるまでには時間とコストがかかります。ここでは、育成と定着に焦点を当てた戦略を紹介します。
入社後のOJT・各種制度の強化とキャリア形成支援
研修プログラムの体系化:入社時研修やOJTを行うにしても、属人的に指導をするのではなく、マニュアルやカリキュラムを整備して誰が指導しても一定の質を担保できる仕組みを作りましょう。
メンター制度の導入:新卒社員が早期に職場に慣れ、自信を持って仕事に取り組めるようにするため、年次の近い先輩社員がメンターとしてサポートする制度を導入するのも有効です。
リモートワークやフレックス制の導入:オフィスに必ずしもフルタイムで出社しなくてもよいような業務形態を整備し、育児や介護などライフステージに合わせて働き続けられる環境を作ることで、離職率の低下につながります。
成果主義やプロジェクト型組織の検討:新卒であっても、実績や成果に応じて評価される仕組みを取り入れることで、やりがいと公正感を感じやすくなり、モチベーションアップにつながります。
透明性の高い評価制度:社員が納得感を持って働けるためには、評価基準が明確で公平であることが重要です。これによって社員の目標設定やモチベーション維持がしやすくなります。
キャリアパスの多様化:管理職以外にもスペシャリストコースを用意するなど、個々の得意分野や興味に応じたキャリア形成を支援する取り組みを行うことで、定着率を高めることができます。
新卒の初任給が高騰するなかで、中小企業が大企業と同じ土俵で「賃金競争」を展開していくことは難しい面があります。
しかし、報酬面だけでなく、職場環境やキャリア形成の機会、会社のビジョンや社風など、学生が重視する多様な視点に応えられる体制を整えることで、十分に採用競争力を発揮することは可能です。
首都圏の中小企業は、常に大企業が隣にいるという厳しい競争環境だからこそ、迅速な意思決定や若手への大きな裁量、柔軟な働き方など、中小企業ならではの強みを最大限活用する必要があります。
地方の中小企業は、人口流出や企業知名度の低さといった構造的な課題を抱えています。しかし、地域密着型の企業として地元に愛される存在であることや、暮らしやすい地域環境をアピールすることで、学生が「ここで働きたい」と思う要素を作り出すことができます。
また、全国的にオンライン化が進む就職活動の流れを見据え、自社の魅力をデジタルでどう伝えるかを戦略的に考えることも大切です。SNSやウェブサイト、動画コンテンツなどを活用し、学生が会社の雰囲気や価値観を理解しやすい情報発信を継続的に行うことが重要視されています。
最後に、中小企業にとっての最大の武器は「社員一人ひとりを大切にできる経営体制」と「実績を積むことで評価や待遇を早期に改善しやすい柔軟性」です。大企業のようなレールに乗ったキャリアパスだけでなく、「自分たちの手で会社を作っていく」というダイナミズムを提示することができれば、新卒初任給の高さにこだわらない学生を惹きつけることもできます。
日本の企業の大多数は中小企業です。日本経済の基盤を支える存在として、新卒採用を戦略的かつ長期的な視点で捉え、若手人材の流出を防ぎながら、次世代を担うリーダーを育てる仕組みを構築することが、今後の大きなテーマとなるでしょう。